仙台地方裁判所 昭和54年(ヨ)513号 決定 1980年1月25日
債権者 中野嘉輔
右訴訟代理人弁護士 小山田久夫
債務者 大京観光株式会社
右代表者代表取締役 横山修二
右訴訟代理人弁護士 太田幸作
松倉佳紀
村上敏郎
主文
一 債権者が、一〇日以内に金二〇万円の保証を立てることを条件として、債務者は別紙第二物件目録記載の土地上に建築中の別紙第一物件目録記載の建物につき、四階テラス部分のうち別紙図面Ⅰのイロハニの各点を結ぶ線で囲まれた部分(赤斜線部分)の建築工事をしてはならない。
二 債権者のその余の申請を却下する。
三 申請費用は、これを五分し、その一を債務者の、その余を債権者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債務者は別紙第二物件目録記載の土地上に建築する別紙第一物件目録記載の建物につき、四階部分の建築工事をしてはならない。
2 債務者は、右建物の屋上に、貯水槽を除き、広告塔、テラス等を設置してはならない。
二 申請の趣旨に対する答弁
債権者の本件申請をいずれも却下する。
第二当事者の主張
一 債権者
1 債権者は、昭和四六年一月左記土地建物を買受け、以降妻及び子二名(中学一年、小学五年)と共に、居住している。
(一) 仙台市米ヶ袋一丁目一一五番二、宅地一九八・三四平方メートル
(二) 同所所在、家屋番号一五番二、木造瓦及亜鉛メッキ鋼板交葺二階建居宅、床面積一階七一・七〇平方メートル、二階二六・七七平方メートル(以下債権者土地・債権者居宅という。)
2 債務者は、宅地建物取引等を業とする会社であるが、債権者土地に対し巾員二・八七ないし三・一〇メートルの通路をはさんでやや東南方に位置する別紙第二物件目録記載の土地(以下本件土地という。)上に別紙第一物件目録記載の建物(分譲マンション、以下本件マンションという。)を建築しようとしている。
3 日照等被害の状況
(一) 本件土地上には数年前まで木造平家建居宅が建てられていたが、その後空地となり、駐車場として利用されてきたため、債権者居宅の一階、二階の各南側及び西側開口部は一年の全期間を通じ一日中日照を享受してきた。
(二) 本件マンションが建築された場合、冬至期における日照状況は、南側開口部においては全部に日照がえられるのは一三時を過ぎてからであり、西側開口部全体に日があたるのは一三時頃である。
(三) 債権者居宅の場合、冬至期、南側西側開口部から得られる陽射しは、部屋の極く一部を照射するのみであるため、所謂実効可照率の点から言えば、右記時間帯の日照では実質上は無いに等しい。
従って債権者居宅は終日薄暗く、居間等は常時じめじめとした不健康かつ不快極まりない全く劣悪な環境に陥入る。
(四) また本件マンションと債権者居宅との間隔は僅かであるため、債権者一家の天空の圧迫感も著しい。
4 設計変更による被害の緩和
本件マンションのうち四階部分と塔屋部分がなければ、債権者居宅は冬至期で一〇時頃西側開口部に日照があり、一二時頃から南側開口部にも日照がえられるようになる。広告塔は不要、有害であって、貯水槽のみで足り、三階の場合といえどもその設置は禁止さるべきである。
また四階テラスはもとより三階にテラスを設置した場合もそこから債権者宅は丸見えとなるが、テラスを撤去すればプライバシー侵害の虞れがなくなり、天空の圧迫感も柔らぐ。
5 地域性
本件土地界隈は、古来学者、文化人が住む木造一、二階の高級住宅が立ち並ぶ閑静で学術的香りの高い町として全国的にも著名な町であった。そして現在も都市計画法の住居地域に指定されている。
6 設計変更についての交渉の経緯
債権者は昭和五四年六月初め頃、境界線付近の植樹、三、四階北側バルコニーの撤去、目隠しの設置、ポリバケツの集積場の移転を求め、債務者は右要請の一部を受け入れたが、右時点では日照についての資料がなかったため、最も重大な日照については要請しなかったのであって、債務者は債権者に対する日照阻害については何の設計変更もしていない。そして現時点において右設計変更は容易である。
7 本件マンションが建築完成されるときは債権者居宅は日照等を著しく阻害され、健康で文化的な住生活を営む上で必要不可欠な環境の全般的な低下を余儀なくされるのであって社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく超えている。
8 債権者は、近く本件工事の差し止めを求めて訴を提起するつもりであるが、本件マンションが現状のまま建築されれば回復し難い損害と犠牲を強いられることになるので本件申請に及んだ。
二 債務者の答弁
1 申請の理由1のうち、債権者が債権者主張の土地・建物の所有者であり、そこに居住していることは認め、その余は不知。
2 同2は認める。
3 同3(一)のうち、本件土地の従前の利用状況は認め、その余は不知。
同3(二)は認める。本件マンション建築後の債権者居宅の冬至期の日影時間は左記のとおりである。
(イ) 一階部分
(1) 西側第一開口部(最も西側より部分) 半分が日影一時間
(2) 同 第二開口部(居間開口部)
日影一時間
(3) 同 第三開口部 日影一時間
ごく一部に日影二時間
(4) 同 第四開口部(サンルーム部分)
日影三時間
但し、南側壁付近で日影四時間
(5) 南側開口部(サンルーム)
二階建物より西側に突出している部分日影四時間
その他の部分日影三時間
(ロ) 二階部分
(1) 西側開口部 約三分の一が日影一時間
(2) 南側開口部 中央の一部(約十分の一)日影一時間
その他の部分日影二時間
同3(三)(四)は否認する。
4 同4のうち四階部分と塔屋部分がなければ債権者主張の時間に日照が得られることは認める。
5 同5のうち、本件土地界隈が住居地域に指定されていること、またかつては債権者の主張するような環境であったことは認める。
しかし債権者の主張するかかる地域の特殊性なるものは既に過去のものでありとりわけ木造一、二階建の閑静な住宅地ということは、実は昭和三〇年代までの仙台市内の住環境、広く言えば日本の地方都市の住環境全般を指すものであり、債権者の居住地域一帯のみの特殊性ではなく、広く地方都市の住環境に普遍的に存在した事実である。
米ヶ袋一帯が帝国大学発足以来、学者、文化人が多く居住する閑静な住宅地であったのは、片平に東北大学本部があり、このために東北大学に近く、かつ住宅地であった米ヶ袋一帯に、多く学者も居住し、かつ学生の下宿屋も多く文化的雰囲気がみなぎっていた事は公知の事実である。
しかし、その文化的雰囲気の中心であった東北大学の主要部分は、昭和四〇年代に東北大学青葉山川内総合移転計画の遂行により、青葉山、川内地区に殆んど移転した。従って一番町を中心とする地元商店会では、現在の残された東北大学本部が、この地区の開発のネックとなっているとしてこれを民間に開放し、商業地域化することの陳情すら行っていることも公知の事実である。
米ヶ袋地域が、交通手段の発達していなかった古くから学者、文化人などの住む閑静な住宅地として著名化したのは、何といっても仙台市の中心街である一番町に近接した距離にあったという「地の利」に依っている。その「地の利」が人口急増、核家族化の生活様式の浸透、そこから生ずる巨大な住宅需要、他方での高速度交通手段の欠如による適正通勤距離圏内における宅地供給の臨界状況という問題を抱える今日の仙台市においては逆に都市再開発の最適重点地域化をもたらすこととなるのである。
米ヶ袋地域は、一歩中に入るとかなり古く建てられたと思われる木造アパートが数多く存する。また会社の独身寮、社宅としての共同住宅も少なくない。
現に仙台高等裁判所の官舎である共同住宅も三棟建てられている。そして最近においては、マンションなどの分譲中高層共同住宅の建築が次々と行なわれている。これらは全てこの地域が先に述べた「地の利」を得ている事に基づくものである。
また米ヶ袋一帯は著名な町とはいえ、文化財として町並みの恒久的保護がはかられる程の価値はなく、仙台市内の他の「住居地域」と同等の保護が与えられれば足りる。
6 同6のうち、日照確保のための設計変更をしていないとの点設計変更が容易であるとの点は否認する。債務者は債権者の直接の要望によるものではないが四階の一部を撤去する旨設計変更しており、この変更によって債権者には大きな利益が結果的にもたらされている。その他、北側バルコニー部分(二階、三階)、一階北側自転車置場、ポリバケツ置場の各撤去、建物北側開口窓のガラスを見透し困難な型ガラスとする旨の設計変更をしている。
これ以上の設計変更は採算的にも、また既に売約済みである事からも不可能である。
昭和五三年秋からは、建築基準法の一部改正、日影条例によるより厳しい規制が為され、日照の被害を受ける者を保護するという法令が施行され、法令上、建物を建築する場合は予め、一定基準以上の日照被害を及ぼさないよう配慮する事が義務づけられることとなったのである。従って中高層の建物建築計画を立てる際、既に法律的に近隣住民への譲歩がされており建築確認を得た設計は、既に近隣住民への譲歩を為したものなのである。
7 同7は否認し、同8は争う。
8 マンションの建築分譲は、単なる企業の営利行為ではなく、比較的廉価なかつ生活便宜性の伴う住宅を大量に供給するという社会的公益性を有するものである。
(一) 狭いうえに、山岳の多い国土の中に、人口が多く、しかもその大半が都市に集中し偏在しているという日本において、需要に見合う良好な宅地を供給するという事はもはや不可能であり、標準的な勤労者が、標準的な住居を求めるにはマンションしかなく、標準的な企業はマンションしか供給できないといった状態にある。
(二) このような住宅需要に対する供給の現状の中で、自治体公社などの公的機関の役割は極めて微々たるものであり、現状において宅地の造成開発、共同住宅の建築供給は殆んど民間ディベロッパーに任されているのが実状である。
(三) 債務者は、先に述べたような事業の社会的使命を早くから自覚し、廉価かつ良質の共同住宅を供給すべく企業努力を傾注し、全国的に、また仙台市においても、多数のマンション建築供給実績を有しており、設計、建築にあたってもこれまでの実績と経験に基づき万全の配慮を行っている。
(四) 住居地域は確かに商業地域や近隣商業地域に比して建築基準法や日影条例などで厚い保護を受けているがこれ等法令は逆にその法令の枠内では中高層建築も承認しているのである。
住居地域における住環境の保護と、土地の効率的利用という相反する利害の調整の基準がそこに見出されているのである。
債務者の本件マンション建築は、真にその枠を遵守したものであって債権者にとって受忍限度を超えるものではない。
(五) また、マンションは本来住居である。債権者の主張は、マンションにしか手の届かないという人々は全て商業地域の雑音と雑踏の中に暮せという事にならざるを得ず、こうした人々の生活、住環境を全く無視するものである。
理由
第一 申請の理由のうち当事者間に争いのない事実、本件疎明資料及び審尋の結果によれば次の事実が疎明される。
一 当事者
1 債権者は昭和四六年一月頃、債権者土地及びその土地上の債権者居宅を買受けて、以後家族(妻、子二人)とともに居住している。
2 債務者は宅地建物の取引等を業とする会社であり、本件土地上に一部四階建の分譲マンション「ライオンズマンション米ヶ袋」の建築計画をたてたが、その後主として本件土地の北西に位置する菊田某所有の丸和荘アパート(以下丸和荘という。)関係者等の要求に沿って、四階部分を縮少する等当初の設計を一部変更したうえ、昭和五四年九月二六日建築確認を受けて同年一一月初め頃着工した。
二 本件マンション等の概要
1 建築確認を受けた本件マンションの概要は次のとおりである。
構造・各階面積 第一物件目録記載のとおり
建築面積 三五六・一七七五平方メートル
建ぺい率 五五・五〇パーセント
容積率 一七四・二八パーセント
高さ 四階部分 一二・五〇メートル
広告塔部分 一八・六〇メートル
2 債権者土地・居宅、本件土地・本件マンションの位置関係は別紙図面Ⅰ、Ⅱのとおりである。債権者居宅の南西、本件マンションの北西には木造二階建の丸和荘があり、債権者土地北東側に面する市道(以下単に市道という。)から丸和荘に通じる巾員二・八七ないし三・一〇メートルの通路(以下通路という。)が本件土地と債権者土地間に介在している。債権者居宅から債権者土地と通路との境界線まで、本件マンションから本件土地と通路との境界線までの各最短距離は、それぞれ四メートル、二・一メートルである。
3 債権者土地は、市道側から債権者居宅建設地盤面までが丸和荘敷地との堺界より二・二七メートル高くなっており、通路には丸和荘に向って下る階段が設けられており、丸和荘二階はほぼ債権者居宅の一階に相当する高さにある。
債権者居宅と丸和荘敷地境界線間の距離は四・八〇メートルである。
また本件土地南東側に面する道路は南西に向って下り坂となっており、本件土地は右道路と同一地盤面にあるため、債権者居宅地盤面より約四メートル低く、本件マンション二階部分が債権者居宅一階とほぼ同じ高さにある。
三 地域性
本件土地及び債権者土地は、高等裁判所正門前から片平丁の東北大正門前を通って南東方向に伸びる市道に北東面し、東北大正門から約一五〇メートル南東進したあたりに位置し、都市計画法上住居地域に指定されている。
本件土地は、宮城県工業高校に至る道路に南東面し、前記市道との三又路の一角にあり、米ヶ袋の北東部に位置しており、市道を隔てた向い側は片平丁東北大学である。
米ヶ袋地域は、仙台市繁華街にも近く交通の便利な地であるが、古来住宅地として有名な地域であった。しかし、米ヶ袋地域の現況は、平家建及び二階建の木造住宅が主であるものの、三、四階建建物も随所に見られ、また二階建住宅の中にはアパートも多く、近年はマンション、従業員寮等の中高層共同住宅が増加しつつあって、債権者土地付近にも最近完成したばかりの四階建マンションの外、数棟の四階建以上のマンションが建てられている。
四 債権者居宅の日照状況
1 債権者居宅の利用状況
債権者居宅は木造二階建住宅であり、一階は北西側から寝室二室、応接室、サンルームたる名称の居室(以下サンルームという。)等として利用している。右各部屋と二階居室が、日照を主として必要とする部屋であり、各部屋はいずれも南西側(以下西側という。)開口部を有しており、サンルームと二階居室は南東側(以下南側という。)にも開口部がある。債権者居宅の最南東部に位置するサンルームは西側、南側開口部とも、広く、日照を享受しうるよう設計されており家族生活の中心たる場として利用されてきた。
2 従前の日照状況
本件土地は数年前まで木造平家建住宅敷地として、その後は駐車場として利用されてきたため、債権者居宅は、午後二時頃、サンルームが丸和荘の日影に入るまで、年間をとおして完全な日照を受けていた。右日影の範囲、程度についての疎明はないが、前記二の2、3の丸和荘と債権者居宅との位置関係、高低差、審尋の全趣旨によれば、右日影は西側開口部の一部に生じ、全面にわたることはないと推認される。
3 本件マンション完成後の日照
夏至期には債権者土地・居宅とも本件マンションの日影に入ることはない。春秋分期には債権者土地の一部が本件マンションの日影に入るが債権者居宅が日影に入ることはない。
冬至期(八時ないし一六時)の日影状況は次のとおりである。
(一) 一階北側寝室西側開口部
午前九時頃から日影に入り始め、一〇時には全体が日影となるが、一〇時半頃全体に日照を回復し始める。
(二) 一階中央側寝室西側開口部
八時半頃から日影を受け始め、九時頃にはほぼ全面が日影に入るが、一〇時半頃には日照を回復し始め、一一時には全面に日照を受ける。
(三) 一階応接室西側開口部
八時半頃から日影に入り始め、九時、一〇時は全面が日影となるが、以後徐々に日があたり一一時には、ほぼ全面が日照を回復する。
(四) 一階サンルーム
(1) 西側開口部は、八時には既に全面が日影に入っており、日照を回復し始めるのは一一時半頃からであるが、一二時には全面に日照を受ける。
(2) 南側開口部は八時には南側約三分の一が日影となっており、九時には全面日影に入り以後一二時頃まで全面が日影下にあり、一二時頃、南側から徐々に日照を回復し、一二時半頃全面に日照を受ける。
(五) 二階居室
(1) 西側開口部は九時頃から日影に入り始め、一〇時には全面が日影に入るが、以後回復し、一一時には全面に日照をえる。
(2) 南側開口部は、八時過ぎ頃から徐々に日影に入り始め、九時には南側約半分が、一〇時には全面が日影に入るが、一二時には南側半分が日照を回復し、その後まもなく全面に日照を回復する。
4 設計変更による日照状況
本件マンションの四階部分及び屋上広告塔を除去すれば西側開口部は一〇時頃、南側開口部は一二時頃日照を回復する。広告塔のみの撤去によっては日影時間にほとんど変化がない。
五 交渉の経緯
昭和五四年五月末頃、債権者は本件土地上に掲示された看板により本件マンション建築計画を知り、その直後債務者従業員により届けられた設計図を資料として、一階北側部分に空地を設けること、三、四階北側バルコニーの廃止、広告塔の廃止、ポリバケツ置場の移設、北側部分の採光目的以外の窓の廃止等を債務者に要求したところ、債務者は、丸和荘関係者の要求により、四階南西部分を削減した外、北側バルコニーの廃止、一階北側自転車置場の撤去による空地の確保、ポリバケツ置場の移設、北側窓に外部見透し困難な型ガラスを使用する等債権者の要求にも一部応じて、設計を変更したが、四階削減部分にテラスを設置することとした。
第二 そこで、以上の疎明結果に基づいて本件建築差止請求について判断する。
一 日照等の生活利益の侵害においては、行政法規上の指定、現在の利用状況、将来の発展性等を考慮した地域性からみて、被害の程度が社会通念上著しく受忍限度を超え、単なる金銭賠償では償われない場合に差止めを求めうると解するのが相当である。
殊に日照阻害については、現行建築基準法が、用途地域毎に日照確保の基準を示し市街地の発展及び土地利用権相互の調整を図っている趣旨からすれば、建築基準法の日影規制への適合性は、それだけでは十分とはいえないものの、右受忍限度判断にあたって一応の基準となるというべきである。
二 ところで、前記疎明の結果によれば、債権者居宅は本件マンション建築前は丸和荘による日影を除けば冬至期においても終日日照を享受してきたが、本件マンションが完成すると債権者家族の生活の中心の場所として機能しているサンルームに相当重大な日照阻害が生じることが認められる。
しかし、本件土地と債権者土地との高低差のため債権者居宅からみて本件マンションは三階建建物に相当すること、本件マンション完成後冬至期において、サンルーム以外の本件マンションによる日影時間は概ね二時間程度であり(複合日影については疎明がない。)、サンルーム西側開口部においても一二時から一四時頃まではほぼ全面に日照が得られ以後も全く失われるものではないこと、広告塔のみの撤去によって日影時間にほとんど変化がないこと、本件マンションは建築基準法の日影規制に適合しており、本件土地付近は住居地域ではあるものの、三、四階建建物が近年増加して随所に見られることも前記疎明の結果認められ、以上の事実を併せ考慮すれば、債権者の被る日照阻害の程度は本件マンションの四階部分及び広告塔の建築差止めを許容しなければならない程著しく受忍限度を超えているとは認められない。
三 次に四階テラスの撤去について検討する。
前記疎明の結果から債権者土地近隣は個人の居宅を主とする地域であることが認められ、こうした地域においては、住環境の保持の観点から特に個人の住宅内におけるプライバシーが十分保護されるべきである。
ところで《証拠省略》によれば、四階テラス部分が現行設計図どおり設置された場合、テラスは債権者土地に面する方向が五・四メートル、これと垂直の方向が四・五メートルの長方形の形状であって、四階居室から自由に出入り出来るうえ、右テラスから債権者居宅がすっかり観望できることが疎明されるところ、右テラスの広さ及び構造、広さから推認しうる用途、前記疎明の、債権者居宅の使用状況・開口部の位置、債権者居宅と本件マンションの位置関係からすれば、債権者居宅内部が上から開口部を通してのぞき見される危険性、及びこれによって債権者家族らの蒙むるであろう心理的圧迫感は大きいと推認される。隣家のへの観望は目隠しの設置によって緩和されるものであるが、前記疎明のテラス設置の経緯によれば、目隠しとして十分な機能を有する設備を設置すれば日照阻害を生じさせる恐れがあるため十分な目隠しが設置されることが疎明されない。
そして債権者の私生活に与える苦痛と、四階テラスの本件マンション居住者にとっての必要性、その他諸般の事情を比較衡量したうえ、現代の都市生活におけるプライバシーの重要性を勘案すれば、現行設計図どおり四階テラスを設置することは、債権者において受忍すべき限度を超えていると一応認められる。
そして主文掲記の削減をすれば債権者居宅を観望しうるテラス部分は相当縮少され、これに伴って債権者の蒙むる心理的圧迫感も相当程度軽減されると推認される。かかる削減をしてもなお残る観望については目隠しを設置することによって緩和されるから債権者において受忍すべきものと考える。
一方、本件マンションは完成すると購入者らに引渡されて後日テラスの一部の撤去を求めることは著しく困難となることは明らかであるから、主文掲記の範囲で建築工事を禁止する保全の必要性も認められる。
第三 よって債権者の本件仮処分申請は主文掲記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余はこれを却下することとして、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 藤村真知子)
<以下省略>